さて前回のコラムでは、「結果が見えないなら、結局、誰がメンタルを崩しそうか分からないじゃないか」「そんな検査に意味があるのか?」「結果が見えないなら、どうやって活用すればいいの?」という声が聞こえてきてもおかしくない終わり方でした。
そこで今回は、少しストレスチェックを何のための手段とするか、見方や発想を変えてみませんか?

目次
50人未満の会社は「体制ゼロ」からのスタートで当たり前!
「ストレスチェックの義務化に向けて準備を……と言われても、社内に専門の担当者もいなければ、メンタルヘルスのルールなんて一つもないよ」
そう頭を抱えている事業主さん、社長さん、どうぞ安心してください。50人未満の会社でメンタルヘルスの推進基盤(社内体制)が整っていないのは、ごくごく当たり前のことです。
それもそのはず、これまで従業員50人未満の事業場には、産業医の選任義務も、職場の安全や健康を話し合う「安全衛生委員会」の設置義務もありませんでした。
つまり、これまで社内に体制やルールが存在しなかったのは、経営の怠慢などではなく、制度上の当然の姿なのです。
「うちには何も体制がない……」と焦る必要は一切ありません。世の中の多くの小規模事業所が、あなたと同じ「体制ゼロ」からのスタートです。
従業員50名未満の小規模事業所の強い味方「こころの耳」
そこで、活用したいのは、厚生労働省の働く人のメンタルヘルスポータルサイト「こころの耳」です。
特にこの「こころの耳」の事業者の方向けページは非常に充実しており、先ほど紹介したマニュアルはもちろん、社内通知にそのまま使えるテンプレートや具体的な導入ステップが分かりやすくまとめられています。
「何から手をつければいいか分からない」という事業主の皆さんには、これ以上ない頼れるガイド役になってくれます。
「何もない」からこそ、こうした便利なサイトやマニュアルを活用しながら、これから自社に合ったベストな体制を作っていけばいいのです。
まさに、ストレスチェック制度の義務化を、組織内のメンタルヘルスケアの体制を作る絶好のチャンスとして活用をしていくのです。
イチからの構築は「手間」ではなく「会社を強くするインフラ投資」
「ルールも担当者もゼロから作るとなると、余計な手間やコストが増えるだけじゃないか……」
そうため息をつきたくなるお気持ちもよく分かります。確かに、これまでなかった体制や社内ルールをイチから構築するとなると、最初は少し手間取ったり、面倒に感じたりする場面もあるかもしれません。
しかし、ここで視点を少しだけ変えてみてください。
この取り組みを、単なる法改正への「義務(コスト)」と捉えるか、それとも「社員が安心して長く働ける環境を作るチャンス」と捉えるかで、数年後の会社の未来は大きく変わります。
メンタルヘルスの推進体制を整えるということは、いわば会社を支える「見えないインフラ」を整備することです。
職場のルールや相談体制がしっかり整っている会社は、従業員にとって「ここは自分たちの健康や働きやすさを真剣に考えてくれている」という強い安心感につながります。
そしてその安心感こそが、求職者への強力なアピール(採用力の向上)になり、大切な社員の離職を防ぐ(定着率の向上)という、揺るぎない経営基盤になっていくのです。
制度の導入に手間がかかるのは最初だけです。ゼロから体制を作るこの機会を、ただ義務をこなす「作業」で終わらせるのではなく、自社をさらに強くするための「未来への投資」として前向きに活用していきませんか?
すべての始まりは、厚労省マニュアルにもある「事業主の方針表明」
では、ゼロから体制を整えていくにあたって、社長が一番最初に取り組むべき「1歩目」とは何でしょうか?
ストレスチェックの実施手配でしょうか? それとも担当者の選定でしょうか?
いいえ、違います。
すべてのプロセスの起点となる最も重要なアクション、それは「事業主(社長)による方針の表明」です。
先ほどご紹介した厚生労働省の『小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル』でも、実施体制を構築する最初のステップとして、この「事業者による基本方針の表明」が明確に位置付けられています。
なぜ、これが何よりも先に来るのでしょうか?
もし、社長からの説明も何もないまま、突然「来月からストレスチェックをやります」とテスト用紙やメールが届いたら、従業員はどう思うでしょうか?
「会社は自分たちを監視・選考しようとしているのでは?」「メンタルに問題があると評価を下げられるのでは?」と、強い警戒心や不信感を抱いてしまいます。これでは、前回のコラムでお話しした「本音で答えるための安心感」など生まれるはずもありません。
だからこそ、実施の流れにおいて何よりも先に、「なぜ我が社がこの制度を導入するのか」「会社として従業員の健康をどう考えているのか」というメッセージを、トップである社長自らの言葉で社内へ発信することが不可欠なのです。
国が定めるマニュアルにおいても、この「方針表明」がトップバッターに置かれているのには、こうした非常に深い理由があります。
マニュアルの文章を棒読みしても、社員の心には届かない!
厚生労働省による『小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル』の7ページを開くと、事業場における「方針の表明例」として、素晴らしい例文が掲載されています。制度の目的やプライバシー保護など、法律上必要な要素が網羅された非常に整った文章です。
しかし、このマニュアルの文章をそのまま朝礼で読み上げたり、メールで転送したりするだけでは、残念ながら社員の心には届きません。
「お役所のマニュアルをそのまま伝言ゲームで渡されただけだな」と受け取られてしまい、社員の警戒心や壁を壊すことはできないのです。
制度を形骸化させず、会社を良くするチャンスに変えるためには、マニュアルの言葉に「事業主自身の生身の想い」を乗せて伝える必要があります。
具体的には、ぜひ次の「3つの思い」をメッセージの中に込めてみてください。
社長の想いを届ける「トップ表明」例文のイメージ
「社員の皆さんへ。我が社では来月よりストレスチェック制度を導入します。目的は皆さんを評価することではなく、皆さんが、自分自身のストレスに気づき、対処し、また会社は皆さんが安心して元気に働き続けられる環境を作ることです。
ストレスチェックの結果が私や上司に見られることは絶対にありません。日々の仕事の中で抱えている本音を、どうか強がらずに教えてください。皆さんからいただいた声を元に、会社としても本気で働きやすい職場づくりに取り組んでいきます。」
まとめ:義務化をチャンスに変えるのは、社長の「ひとこと」から
ストレスチェックの導入は、決して「辞めそうな人」や「メンタルが弱い人」を探し出すための検査ではありません。
むしろ、ゼロから体制を整えるプロセスを通して、「会社は社員一人ひとりを大切に想っている」という経営者の姿勢を示す、絶好の機会なのです。
「体制がない」からこそ、ポータルサイト「こころの耳」などを上手く頼りながら、自社に合ったインフラを一つずつ作っていけば大丈夫です。
そして、その最初の1歩は、難しい法律の知識でも高価なシステムでもなく、「社員の健康と働きやすさを守る」という社長自身の温かい言葉の表明から始まります。
この1歩を踏み出すことで、ストレスチェックは単なる義務やコストから、社員との信頼関係を深め、会社を内側から強くする「未来への投資」へと変わっていくはずです。